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2008年2月

2008年2月29日 (金)

26日。一回目の手術が行われた。

2時間半から3時間での終了予定が、5時間も掛かってしまった。

様々な不安が頭をよぎったが、結論からすると成功した。

麻酔が切れてからの痛みと12時間以上戦った女房は、翌日の夕方にはかなり回復していた。

個室から移動して、携帯電話も使えるようになった。

リスクは、毎日少しずつではあるが軽減されていく。

この調子で、名古屋への転院、退院に繋げて行けれれば良いと思う。

同時にゆっくりしっかり直すことが重要となってくる。

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2008年2月28日 (木)

どんなときにもユーモアと笑顔を

病院の搬送された、女房は部位の消毒や応急処置に時間が掛かった。

待合室も人が増え、我々は院内で飲料を買おうとしてうろうろしていた。

飯田私立病院は、長野では最新設備の整った救急病院で、売店やらレストランやら、様々な施設が充実している。

院内一回を徘徊して、待合室に戻ると面会が許可された。

自分だけ行こうと思ったのだが、三男が、

「どうしてもお母さんに言いたいことが有る」と言って付いてきた。

事故を最初から見ていたわけだから、特に思う事もあったのだろう。

一緒に病室に入った。

一目散に駆け寄り、何かを話しかけようとするが言葉が上手く出てこない。

病室内の空気が、少ししんみりしたところで三男は語りだした。

「お母さんに、どうしても言いたいことがあるんだ」

室内は、よりしんみりした。

「お母さん、この病院って、床屋さんがあるんだよ!」

静まり返った、室内は爆笑となった。

なぜ、このタイミングで「床屋さん」?ほかに言いたい事あるんじゃないのかと思ったが、

女房も笑っている。

もちろん、天然なのだが、受けた。受けた。

全員の気持ちが少し和らいだ。

そう、どんなときも笑顔が必要なんだ。三男ナイス!

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2008年2月27日 (水)

救急病院へ

現場に到着すると、女房は右足から出血をしていた。

傍らには、不安と寒さで涙が出ている三男。

しばらくして、パトロール隊の担架で、救急室に運ばれたのだが、出血は単なる切り傷でなく、骨が折れて突き出ていることが判明。

救急車を手配して飯田市立病院に収容された。

右足脛骨開放骨折・右腓骨骨折と判明。

右足を支える膝下の骨が2本とも折れ、1本は皮膚を突き出て外に出てしまったのだ。

スキーヤーがぶつかってくる時、三男を守ろうとしたのか、衝撃をまともに受けてしまったようだ。

自分が近くに居てやれなかったことが悔やんでも悔やみきれない。

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2008年2月26日 (火)

めぐり合わせ

久しぶりにスキーに出掛けることになった23日。

いつもとは違う、園原スキー場へ行くこととなった。

ETC割引を使う為、9時までに名古屋ICへと出発する。

余裕を持っての出発だったが、IC1km前で、交通事故が発生し、9時までに間に合わず。

スキー場について、ゴンドラで山頂まで上がると、強風のためリフトは停止状態。

しばらく天気の回復を待って、中級コースを1本滑ってきたところで、女房と三男が全然降りてこない。

しびれを切らして、再度、リフトをあがっていくと蹲っている女房を見つけた。

時間通りに高速に乗れたら、リフトが普通に稼動していたら、バラバラで滑ってこなかったら、こんなことにはならなかった。

ほんの数秒の違いで、災難にあってしまった。

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2008年2月25日 (月)

緊急事態と戦う

以前に書いたことだが、数少ないSOHOのリスクの中に従業員・従業員の家族に病人・けが人が出てしまった時の影響というものが有る。

少人数で動いているわけだから、一人欠けてもかなりのパワーダウンになるわけだ。

23日に、女房がスキー事故に会い緊急入院することとなってしまった。

3週間程度の入院加療・手術が必要となる見込みだ。

ここが、SOHOの腕の見せ所だと思って頑張るつもりだ。

SOHO始まって依頼、3度目の緊急事態だが今までの2度はクリアしてきた。

ちなみに1度目は、実母の長期入院7年と、2度目は実父の急死だ。

しばらくは、SOHOと主夫の2役になる。

ブログも主夫のカリスマに変えなければいけないかも...。

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サバイバルツアーIN北海道完結編

若鯱会は、若手経営者の集まりである。

こんなピンチのときほど、迅速に対応できるのが優秀な経営者ではないのかと思うまもなく、メンバーが動き出した。

電話やインターネットでJAL・ANAの成田・関空の情報を収集すると共に、北海道泊となる場合のホテルの手配。

誰が誰に指示するわけでもないのに、それぞれが素早い判断で動く動く。

結論は、20時に関空に降りて、20時16分のJR・21時11分の新幹線にて名古屋へ帰ることとなった。

乗り換え時間は、10分強。

走らなければ、間に合わない。

当然乗り換えのチケットは、電話予約済みで、走りながら受け取るわけだ。

有る意味、若鯱会の底力を垣間見ることが出来た。

普通でいくと、あきらめて北海道泊のパターンだと思うのだが...。

絶対に帰るとの強い思いは、叶えられたのだった。

ちなみに、セントレアに自動車で着た自分を含めた4名は、名古屋駅から自動車を取りにいき、帰宅したのは深夜12時だった。

幹事・リーダー・世話役・旅行者の皆様お疲れ様でした。

冬は、暖かい南のほうへ行ったほうが無難だなということが研修できました。

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2008年2月21日 (木)

サバイバルツアーIN北海道その2

二日目の札幌は、夜明け前から吹雪だった。

多少嫌な予感はするものの、TVでもインターネットでも空路陸路とも順調だと報じている。

冬の北海道はこんなものなのだろうな、などと思っていた。

小樽へ行き、ガラス工芸を見たりお土産を買ったりする。

その後、貴賓館(旧青山邸)を見学して、ゆっくりまったり昼食を頂く。

このとき12時半。

このあたりから、事態は急変していく。

まず、新千歳空港への陸路(高速道路)一部通行止めとなる。

そして、空路のセントレア行きJAL便が欠航の可能性が高くなる。

この時点で、我々を乗せて帰るべきJAL便は、セントレアから新千歳へは到着していない。

乗せてもらう機体が無いわけだ。

別便への移行が急がれる。

本日中に帰名すべく、サバイバルツアーが始まった。

まずは、出来るだけ早く新千歳空港まで到達して、現状把握をしなければならない。

札幌までは、バス移動をして札幌から新千歳空港まではJRを使う。

小樽からJRを使えばもう1時間短縮できたのだが、諸事情のため、そうも行かなかった。

この1時間が後々、影響することとなる。

空港に着いたのは、15時半。

空港は、ごった返していた。

スーツケースを枕にして寝ている人もいて、TVでよく見る足止め状況だ。

我々は、足止めされたのだった。

帰る飛行機も無ければ、泊まれる宿も確定されていない。

JALのデスクもANAのデスクも長蛇の列。

デスクにたどり着くだけでも1時間以上掛かりそうだ。

さて、ここからどう展開していくのか?

長くなりそうなので、続きは次回!

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2008年2月19日 (火)

サバイバルツアーIN北海道

15日16日、3回目の北海道に若鯱会2グループ研修旅行で行ってきた。

札幌ビール園を見学したり、地元の市場で美味しいお鮨を頂いたり...。

まさに冬の北海道を満喫していたのだが。

16日、研修旅行最大スケールのサバイバルが待っていたのだった。

さておき、ビール園の館長の話しは趣があった。

自分もビールは大好きで、季節を問わず、1杯目はビールと決めているのだが、四季の有る国、寒い国では、寒い時期にビールを呑むことは少ない。

ホットビールを呑む国も有るけど、やはり寒いときには身体が温まるアルコールを呑むのが普通みたいだ。

日本人が、冬もビールを呑むのは、「冬物語」をはじめとするサッポロビールの戦略が大きく反映している。

四季を通して、美味しくビールが呑める土壌は、北海道が起因しているといっても過言ではない。

美味しいビールを頂きながら、翌日大変な困難が待ち受けていることをそのときは知るよしも無かった。

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2008年2月13日 (水)

読売新聞に掲載

Img135_4 読売新聞2月8日に掲載されました。

写真が犯罪者みたいです。

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2008年2月11日 (月)

大雪にも負けず

10日、平野部では13cmの積雪になった。

以前から予定していたこともあって、木曽福島にスキーに出掛けた。

小牧JCTから多治見ICが交通止めということもあり、事故が多発したこともあり、普段より2時間も余計に掛かり現地着。

2時間少ししか滑れなかったけど、コンディションがそこそこ良くて楽しめた。

渋滞の最中、どこで折り返すか、それともとことん進むか悩みながら悩みながら進み続けた。

カーナビゲーションや交通情報、車中の雰囲気とか、時間経過とか、どこから高速道路に復帰するとか...。

どんなときも、残された選択肢から最高のパフォーマンスを探し出すことが大切なのだ。

ちなみに、帰り道は全く渋滞無しで帰ってくることが出来た。助かった。

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2008年2月 9日 (土)

出張する理由

2月7日8日は、事務服作業服春夏物の新作展示会見学の為、東京に出張していた。

IT社会となり、かなりの情報をHPなどから得ることが可能な昨今だが、あえて、展示会に足を運ぶようにしている。

多くの展示会場が、製品展示と商品説明のセット。

中には、ファッションショー付きのものもあるが。

会場で注目しているのは、参加者の反応だ。

同じ製品でも、企画サイド、営業サイドでは、意見の分かれるところがある。

ましては、売り手と買い手では大きく分かれることもある。

このあたりがITだけでは伝わってこないような気がして、耳を傾けることが重要となってくるわけだ。

1日半で7会場を回った。

それなりの情報を得れた気がして、拡販意欲の刺激にもなった。

余談だが、展示会終了後の18時19時は、メーカーの様々な人と食事をするチャンスがある。

この情報もITでは得がたい情報なのだ。

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2008年2月 6日 (水)

2年連続皆勤賞ならず

三男がこだわり続けていること。

如何に幼稚園で沢山遊ぶか。

そのため通園は、開園すぐの8時30分に登園する。

ほとんど一番乗りだ。

そして、一日も休まず幼稚園に行くこと。

現在、幼稚園から皆勤賞で表彰される制度は無いけれど、本人のこだわりはかなりのものだ。

多少体調が悪かろうが、出席シールを張る為だけでいいから登園したいと言う。

そして、登園したら早引きなどしてこない。

しかし、39℃以上の発熱の昨日は、強制的に休ませた。

かなり残念がったが、調子の悪い場合は早めに休むことも学んで欲しい。

そして、今日はあっと言う間に熱も下がり登園できそうだ。

どんな人でも調子の悪くなるときはある。

それを長引かせないのは大切なことだ。

SOHOも然り。

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2008年2月 3日 (日)

マジカルミステリーツアーIN中国 食の安全編

杭州の食品工場を見学させてもらった。

杭州名洲食品有限公司(株式会社アイエヌティー)www.intproup.co.jp

お茶や、冷凍野菜を作る工場だ。

農薬入り餃子や、段ボール入り肉まんなど、日本を驚愕させる事件が多い中、「食の安全」の最前線を見せてもらった。

日本でも同じなのだが、安全に対する意識の差は、かなり大きい。

見学させてもらった工場は、施設からユニフォームから従業員の意識まで、かなりしっかり対策を行っている。

施設は入場の際、消毒を行い靴を替え、エアカーテンで区切られたそれぞれのゾーンでは、毛髪をはじめ異物混入を防ぐ為、ローラークリーナー、ブラシなどでケアし、清潔なユニフォームを着用し、頭部をしっかり包む帽子を被り、アルコール消毒を行って作業に入る様子がガラス越しに見える。

だれに見られてもしっかり安全対策を行っていることをアピールできる工場の従業員は当然安全意識も高い。

かたや、オープンシャツやTシャツ、ひどいとくわえタバコで働く食品工場があるのも事実。

ただ、我々の食卓に並ぶときには安全な工場で作られたのかそうでない工場で作られたものなのか判別することは難しい。

今後、トレーサビリティー(流通経路追跡)に、詳細な情報の掲示が必要になると思う。

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2008年2月 2日 (土)

マジカルミステリーツアーIN中国 日常生活編

交通事情にも通じるのだが、この国の人は、順番を守るとか整列する観念が余り無い。

ドライブインのトイレでさえ、空いたところに強引に入っていく。

買い物のレジも、ホテルのチェックアウトも同じ。

子供にさえも容赦ない。

自分の順番は自分で守らなければいけない。

これは、モラルというより国民性なのだ。

それを否定するつもりは無い。

日本人も海外から見たら、独自の国民性を持つ部分があるはずだから。

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2008年2月 1日 (金)

マジカルミステリーツアーIN中国 交通事情編

聞いてはいたことだが、中国の交通事情は酷い。

道路整備、自動車の購入ペースに運転技術、モラルが追いつかない。

無理な割り込み、追い越しは当たり前、信号無視も頻繁。

自動車もバイクも自転車も人も同じところを通るので接触が頻繁。

また、少しくらいの接触はそのまま通り過ぎて行ってしまう。

交通事故死が10万人超も頷ける。

滞在した3日間で、7件の事故現場に出会った。

それも、救急車やレッカー車が来るレベルのものばかり。

タクシーもバスも乗用車も飛ばす飛ばす。

そして、必要以上にクラクションを鳴らす。

自動車での移動は、いつも喧騒の中である。

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