いまさらながらバンコク
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24日は、冬頭建設さんのふれあいまつりのお手伝いに家族全員で参加した。
その様子は→冬頭さんのブログ
我が家は、輪投げのブースを設営。
景品のお菓子を配りまくった。
ブースには、200名以上の方にお越し頂いた。
子供も自分も充実した一日だった。
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昨日、朝食抜きだった長男は、昼食でカレーをもりもり食べて復活していた。
自分は、夕方まで空腹感が酷かった。
さて、次男が野球部のユニフォーム13番を貰ってきた。
4番目の補欠なのでゲームに出れる可能性有り。
この次男、とにかく朝に強い!
現在、毎朝5時起きで、近所の公園で友達と朝練を行っている。
誰も起こさなくても、目覚ましが無くても、日の出とともに眼が覚めるのだそうだ。
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反抗期に入りつつある長男が朝から女房に叱られている。
許す合いの手を見計らっていたのだが、反抗は続くばかり。
結局、朝食もとらず登校することとなった。
落胆と後悔。
自分も今日は食事抜きで仕事をした。
自分は、小中高朝食を食べずに登校したことなど無かったのだ。
朝食だけは食べさせればよかったのに。
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GW明けの7日から、右足プレート・ボルト除去手術のため、女房が入院した。
11日迄の5日間、僅かの間だけど主夫業を再開した。
1年前の入院と大きく違ったのは、子供たちが成長したこと。
至らない主夫を中一、小五、小二が精一杯手伝ってくれていた。
いつもはやらない片付けも進んでやった。
相変わらずのワンパターン朝食と夕食は、買いオカズ&外食。
これが最後の入院だからみんな頑張ってくれたんだと思う。
そうありたい。
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タイ・バンコクでの二日間は、波乱の二日間だった。
同行者は、空港で置き引きに会い、財布が盗難。
クレジットカード会社などへの電話で時間を要した。
パスポートが残っただけでも良かったのかも。
帰りのEチケットの予約不備のため、スムースに飛行機に乗れない。
6日0時20分にエントリーしなければならないのに、誤って5日0時20分にエントリーしたために席が無い。
無いはずだ。エントリーした飛行機は、24時間前に出発している。
言葉がほとんど通じない深夜の空港で待つ、キャンセル待ちは心細かった。
最悪、博多に帰るとか、翌日帰るとか、方法はあったが、幸いキャンセルが出て予定便に乗れた。
タイの人々は、男も女も逞しい。
日本人が一人で歩いていると、呼び込みが引っ切り無しについてくる。
露天の売り込みもウンザリするほど激しい。
食料品スーパーに行っても、専門ショップに行ってもそれは同じ。
高層ビルと雑居が同居している街。富裕と貧困も同居している。
それがバンコク。
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現在、作業服の製造拠点は、中国・ベトナムなどだが、今後ミャンマーを含むインドネシア系がどんどん増えていくだろう。
広い土地と安い人件費、それと実直で勤勉な国民性。
ミャンマーの労働者はクーラーの無い34℃~40℃の工場で、日曜を除く毎日、10時間働く。
残業の場合は、工場内で雑魚寝して夜を過ごす。
大体、月収¥4000程度。
多くは地方からの出稼ぎで、給料の多くを仕送りにあてている。
今の日本では、真似の出来ないハングリーさがそこにはある。
日本の若者に、この条件下で働けと言ったら、月収50万でも断ることだろう。
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5月2日~6日までメーカー営業部長とミャンマー・タイに海外出張に行ってきた。
ミャンマー・ヤンゴンでは、2000人規模の縫製ラインを、タイ・バンコクでは、付属品(ファスナー・ボタン・スナップ・サイズタグ)の商社を見学するのが目的だ。
写真は、データ入手次第アップしていこうと思う。
ミャンマーは、貧しくも美しい国。
タイは、強く逞しい国。だと、感じた。
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